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仙台高等裁判所秋田支部 昭和57年(ネ)76号 判決 1984年11月28日

控訴人 三浦利助

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 深井昭二

同 塩沢忠和

被控訴人 大曲市農業協同組合

右代表者理事 新目善助

右訴訟代理人弁護士 柴田久雄

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、

控訴人三浦利助に対し、一七八万三七九五円及びこれに対する昭和五三年六月一六日から完済まで年五分の割合による金員を、

控訴人三浦恭一に対し、一七九万二八九〇円及びこれに対する昭和五五年一一月八日から完済まで年五分の割合による金員を、

控訴人永井ヒサに対し、一三一万〇八〇〇円及びこれに対する昭和五六年二月五日から完済まで年五分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(控訴人ら)

主文同旨

(被控訴人)

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり補正、付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  補正

1  原判決別表2(以下「別表2」という。)赤枠内の勤続年数一七年以上一八年未満の旧規程による支給倍率「二九・五」とあるのを「二九」と、同一九年以上二〇年未満の同支給倍率「三四・五」とあるのを「三四」と、それぞれ改める。

2  同五枚目表五行目から六行目にかけて「改訂され、」とあるのを「改訂した。」と改める。

3  同七枚目表四行目の次行に「(三) 仮に以上の主張が認められないとしても、控訴人三浦利助は花館農協の参事として被控訴人組合の新規程の原案作成に参画してこれを熟知しているのみならず、控訴人らは被控訴人組合の発足に当って、昭和四八年八月一日付で被控訴人に誓約書を差し入れ、新しい被控訴人組合の諸規程を遵守すべきことを約しているから、控訴人らは被控訴人組合の現行退職給与規程の適用に同意しているものというべきである。」を加入する。

二  当審における主張

(控訴人ら)

1 退職金は不確定期限付債権とする見解が支配的である。しかし、被控訴人の職員退職給与規程(以下「新規程」という。)ができた昭和四九年三月二九日現在、控訴人三浦利助が三年二か月、同三浦恭一が五年七か月、同永井ヒサが五年一〇か月と、それぞれが定年(延長前)を目前にしていた。しかも、当時当事者間に自己都合、農協都合による退職という事情は全くなかったのである。そうすると、死亡という運命的事故の起らない限り控訴人らの退職金は最終月俸×確定倍率の確定期限付債権と同視し得べき熟度にあったといってよい。

昭和四四年三月三一日当時合併当事組合に在職していた職員に対する特別措置である原判決別表1(以下「別表1」という。)によっても、定年または勧奨退職をとってみると、花館農業協同組合(以下「花館農協」といい、他の農業協同組合も同様に表示する。)の職員退職給与規程(以下「花館規程」という。)に比し、勤続年数三九年から二二年までは支給倍率が大巾に逓減するが、二二年を境に以下三年まで僅かながら逓増する。このことは、被控訴人にとっては極めて有利であっても、退職金の賃金としての性格からみて労働者にとって恐ろしく不利かつ不合理な定めである。

同時に、右規定のみに依拠する限り、被控訴人は新規程を設けるに当って、控訴人らの退職金債権がその支給時期が近く経済実質的にみても確定債権程の熟度を有しているのを全く失念してしまっているという重大な欠陥が指摘でき、この欠陥は被控訴人による合併に伴う給与、定年延長等の是正措置をもってしても到底癒しきれない、つまり合理化できない性質のものである。

2 被控訴人及び合併当事組合(大曲農協をのぞく)の就業規則及びこれと一体をなす諸規程のうち、定年、定休日、特別休暇、扶養手当、管理職手当、職務手当、技能手当、慶弔金、旅費等の項目に関する定めを対比すると、被控訴人を上まわる労働条件を有しながらそれが切り下げられた農協とその内容は、

(一) 大川西根農協

特別休暇中の、(1)祖父母、兄弟姉妹服喪、(2)伯、叔父母、配偶者の父母服喪、(3)父母、兄弟姉妹、配偶者、子女法要、(8)生理休暇の各休日日数

(二) 藤木農協

弔慰金の本人、配偶者、父母分及び業務外の傷病見舞金

(三) 四ツ屋北部農協

弔慰金の本人分

(四) 角間川農協

弔慰金の本人分

であり、右四農協の不利益な是正措置の中で花館農協の退職金の不利益是正に匹敵するものはない。金額の大きい本人弔慰金といえども、性質上はいうまでもなく金高も比べものにならない。その余は金額において天地程の差がある。

なお、僅かなものであるが本人の弔慰金の項目では花館農協も不利益に是正されている。

次に、花館農協がその余の合併当事組合に抜きん出て有利に是正されているところはない。また例えば年末年始の休暇において花館農協が最も利益を得たとしても扶養手当において他の合併当事組合の方がはるかに有利となったなどという事例が多いから、結局退職金とは桁の違うレベルにある項目同志で自然平均化されている。

以上によれば、花館農協の退職給与規程の不利益是正が控訴人らにとって如何に不合理、不利益であるかが判然とする。

第三証拠《省略》

理由

一  原判決事実摘示の請求原因1ないし4の各事実は当事者間に争いがない。

そうすると、新規程による花館規程の退職金支給基準の変更は、控訴人らに対し不利益な労働条件を課することになったといわざるを得ない。

被控訴人は、新規程の作成が不利益変更に該らない旨主張するが、花館規程のように、退職金が就業規則に基づく退職金規程により支給の条件及び範囲が明確に定められ、これに従って一律に支給されなければならないものである限り、退職金は賃金にほかならず、労働者が就業規則に基づき所定の退職金を受ける地位は既得の権利といって妨げないとともに、この退職金に関する定めが重要な労働条件に属することは多言を要せず、使用者が退職金に関する就業規則、規程を変更し、従来の基準(支給倍率)より低い基準(支給倍率)を定めること自体、労働条件の不利益な変更に該るといわなければならない。

二  ところで、労働者の同意がないのに使用者が就業規則及びこれと一体をなす諸規程を一方的に変更することによって、労働者の既得権を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の統一的かつ画一的処理のため、労働者の受ける不利益の程度、労使双方の事情を総合的に検討して、それが労使関係に合理的なものである限り、個々の労働者の同意を得ることなく変更された就業規則及びこれと一体をなす諸規程を一律に適用することができると解するのが相当である。

そこで、本件の新規程への変更が合理的なものとして許されるかを検討するに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  本件の合併については、合併当事組合の就業規則及びこれと一体をなす給与、退職金、旅費、慶弔見舞規程の定めが区々であったため、合併に際しこれら規則、規程を統一し、労働条件の格差を是正することが不可欠の急務となった。

2  しかして、合併当事組合は、参事会、組合長会及び最終決定機関である合併協議会などを組織し、新たな就業規則、諸規程の作成に向けて作業を進めたが、退職給与規程については花館農協職員と他の六農協職員との間に別表2記載のとおりの相違があったところ花館農協職員から、合併前同農協職員に採用された者につき合併後も花館規程の適用が受けられるよう請願もあり、合併期日までの調整が困難であったことから、合併後慎重な検討をまって作成することとした。

3  ところで、秋田県下の濃業協同組合の退職給与規程は、秋田県農業協同組合中央会の指導によって作成され、その規定内容は花館規程とほぼ同一であったが、経済事情、社会情勢の推移に伴って、安い給料、高い退職金の見直しが叫ばれるようになり、右中央会においても、昭和四一年一一月以降、県下の農業協同組合に対し、職員給与の公務員並み引き上げと退職金支給基準の適正化を図るべく給与規程、退職給与規程を連動させて改正するよう勧告、指導し、昭和四三年四月一日から翌四四年六月一六日までに、合併当事組合中、花館農協をのぞく六農協が右中央会の指導にそった改正(但し職員給与はいずれも公務員並とならなかった。)を実施したが、花館農協は給与規程のみ改正し、退職給与規程については、同農協の労働組合が改正に反対したのと、定年間近の職員がいたことから改正しなかった結果、退職給与規程につき右六農協と花館農協との間に前記の相違が生じるに至った。

4  合併後、被控訴人は花館農協職員あるいはその労働組合と協議、交渉を重ね、その取扱いについて検討したが調整がつかず、原則的には前記中央会の指導に従うこととし、職員給与については、職員相互間の格差はもちろん公務員給与との格差をも是正すべく、昭和四九年三月三一日当時、合併当事組合中最も給与の高額であった大曲農協職員の給与に準拠して調整し、予算の枠内で可及的速かに実施することにしたうえ、退職給与規程については別表1記載のとおり昭和四四年三月三一日当時合併当事組合に在職していた職員に対する特例措置を設け、退職給与規程の変更によって生ずる不利益の軽減を図った。

5  七農業協同組合の合併に伴い労働条件の格差を是正、統一する必要上、就業規則、給与規程、慶弔見舞規程、旅費規程が作成されたが、これら規則、規程は花館農協職員の給与、定年、定休日、特別休暇、扶養手当、管理職手当、職務手当、技能手当、本人死亡の場合をのぞく慶弔見舞金、出張の旅費、手当を有利に変更している。

6  合併に伴う給与の是正措置の結果、控訴人三浦利助は合併時八万五〇〇〇円であった月額給与が退職時までの四年一〇か月の間に行われた三回の特別調整と定期、特別昇給、ベースアップにより退職時には二一万一一〇〇円に増額され、控訴人三浦恭一は昭和四九年六月二八日から退職時までの間に五回にわたって合計一万六〇〇〇円の給与調整(定期昇給、特別昇給、ベースアップは含まない)が行われ、この間に引上げ分として合計七三万九六〇〇円の給与所得を得たほか、これが特別手当(賞与)及び退職給与金にもはね返り、これを加えるとその総額が一八一万九五五〇円に達し、控訴人永井ヒサは昭和四九年六月二八日から退職までの間に七回にわたって合計一万九四〇〇円の給与調整が行われ、この間の引上げ分として給与、賞与、退職金をあわせ総額二四四万二八二〇円の所得増となっている。

7  また、花館農協職員の定年は男五七年、女四五年であったが、被控訴人の就業規則により男子職員の定年が五八年、女子職員のそれが四八年と定められたため、控訴人三浦利助、同三浦恭一が一年間、控訴人永井ヒサが三年間、それぞれ定年延長され、その間被控訴人に勤務して、控訴人三浦利助が三五九万九九六〇円、控訴人三浦恭一が三六一万八一八一円、控訴人永井ヒサが九〇九万二七〇七円の各給与所得を得ることができた。

8  しかしながら、

(一)  新規程が定めた退職給与の支給倍率についての前記特例措置中、定年または勧奨退職についてみると、別表1に記載のとおり花館規程に比し、勤続年数三年以上二二年未満までは増加(差が〇・五か月ないし三・二四五か月)しているものの勤続年数が二二年以上三九年未満までは逆に逓減し、とくに勤続年数が二五年以上三九年未満までは大巾に逓減(差が三・六か月ないし八・四五か月)しており、従って花館農協職員にとって新規程への変更による不利益は右特例措置によっても極めて大である。

(二)  また、前記の合併に伴う給与の特別調整等の是正措置は、花館農協職員であった者の給与について特別に基準を定めて行ったものではなく、他の合併当事組合職員であった者をも含む被控訴人の職員全体について、被控訴人の職員相互間の格差及び地域の公務員給与との格差を是正する目的のもとに、経歴、学歴、勤務年数等を柱に換算して行われたものであり、新規程の作成により花館農協の職員であった者について生ずる前記不利益に対する見返りないし代償としてなされたものではない。

(三)  更に、合併に伴い制定された被控訴人の就業規則及びこれと一体をなす給与規程、慶弔見舞規程、旅費規程等では、定年、定休日、特別休暇、扶養手当、管理職手当、職務手当、技能手当、慶弔見舞金、出張の旅費、手当の定めが、大川西根農協の特別休暇の一部(祖父母、同居の兄弟姉妹服喪、伯叔父母、配偶者の父母服喪、生理休暇等)の休日日数に比し、藤木農協の弔慰金の本人、配偶者、父母分及び業務外の傷病見舞金に比し、四ツ屋北部農協の弔慰金の本人分に比し、角間川農協の弔慰金の本人分に比し、それぞれ不利益な変更となっているほかは、合併当事組合より有利な変更となっており、かつ同変更の程度は、前記項目毎にみても全体的にみても花館農協のみが格段の差をもって有利に変更されているとはいえない。

以上の事実が認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

9  以上認定した事実をもとに考えると、新規程への変更により、花館農協の職員であった者については勤続年数が二二年以上の場合の支給倍率が低減し、とくに勤続年数が二五年以上の場合の低減値が大巾であり、従って控訴人らの前記定年退職時点までの勤続年数に照らすと控訴人らが右変更によって受ける不利益は極めて大である。この点は新規程ができた昭和四九年三月二九日当時控訴人三浦利助は三年二か月先、同三浦恭一は五年七か月先、同永井ヒサは五年一〇か月先にと、それぞれ定年(花館規程による)を目前にしており、しかも当時当事者間に自己都合、農協都合による退職という事情があったことを窺わせる証跡もないので、控訴人らの退職金債権は最終月俸に支給倍率を乗じた額の確定期限付債権に近づいていたことからも明らかである。なるほど、合併によって控訴人らの給与は是正され、控訴人らは被控訴人の就業規則及びこれと一体をなす諸規程の制定に基づき、定年の延長、定休日、特別休暇、前記各種手当につき本人死亡の場合の弔慰金をのぞき利益に変更を受けているものではあるが、これらは前記不利益に対応する見返りないし代償としてなされたものではなく、合併当事組合の職員が合併に伴い、当時の社会情勢、経済情勢に対応して制定された被控訴人の前記就業規則及びこれと一体をなす諸規程並びに給与の是正措置等によって共通に受けた利益ということができるのであり、これらの点に鑑みると、使用者である被控訴人にとっては労働条件の統一的画一的処理という意味では新規程を控訴人ら花館農協の職員であった者についても適用することが必要かつ合理的であること及び控訴人らが合併により前記利益を得ていることを考慮に入れても、なお、控訴人らに前記不利益をもたらす新規程への変更に合理性があると認めることはできない。

三  そうすると、控訴人らに対する退職給与規程を花館規程から新規程に変更することは許されないから右変更の効力が生じないことは明らかである。

四  被控訴人は、控訴人らが新規程の控訴人らへの適用に同意している旨主張し、なるほど《証拠省略》によると、控訴人らは合併時の昭和四八年八月一日付で被控訴人に誓約書を差し入れ、被控訴人の諸規程を遵守することを約していることは認められるけれども、新規程の制定が昭和四九年三月二九日であることに徴すると、右事実をもっては控訴人らが新規定を適用されることに同意したとは認め得ず、また、控訴人三浦利助が旧花館農協の参事として被控訴人の新規程の原案作成に参画してこれを熟知していたとしても、右事実のみをもっては同控訴人が新規程の同控訴人への適用に同意したものとは認め難く、他に右主張事実を証するに足りる証拠はない。

五  原判決事実摘示の請求原因6の事実は当事者間に争いがない。

六  そうすると、被控訴人は、控訴人三浦利助に対し、退職金一三五一万〇四〇〇円のうち既に支払をした一一七二万六六〇五円を控除した残額一七八万三七九五円とこれに対する支払期日の翌日である昭和五三年六月一六日(支払期日が同控訴人主張のとおりであることは前項記載の請求原因6の事実によって推認できる。控訴人三浦恭一、同永井ヒサの支払期日についても同じ。)から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、控訴人三浦恭一に対し、退職金一〇八九万円のうち既に支払をした九〇九万七一一〇円を控除した残額一七九万二八九〇円とこれに対する支払期日の翌日である昭和五五年一一月八日から完済まで右同割合による遅延損害金の、控訴人永井ヒサに対し、退職金一一〇二万八八〇〇円のうち既に支払をした九七一万八〇〇〇円を控除した残額一三一万〇八〇〇円とこれに対する支払期日の翌日である昭和五六年二月五日から完済まで右同割合による遅延損害金の、各支払義務があるというべきであるから、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がある。

七  よって、控訴人らの本訴請求はいずれも認容すべきところ、これと結論を異にする原判決は失当で本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川良雄 裁判官 武藤冬士己 武田多喜子)

<以下省略>

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